東京生まれの和紙の魅力を発信し世界中にファンを創る

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<店名・氏名>
和紙ラボTOKYO 篠田佳穂さん

看板猫の愛猫「かみちゃん」と篠田佳穂さん

和紙との縁をつなぎたい

「材料」も東京産なら「技」も東京産。東京生まれの原料(楮)を加えて、東京の水道水や地下水を使い、東京在住の和紙職人たちが手仕事で丁寧に作り上げた和紙を用いた製品を作り、東京和紙の魅力を強力に発信しているのが和紙ラボTOKYOの篠田佳穂さんです。

和紙ラボTOKYOの看板猫にしてご近所のアイドルでもある「かみちゃん」。モノマチでも大活躍しそうです。

いまや看板ネコになった三毛猫「かみちゃん」がくつろぐ工房にうかがうと、決して広いとはいえない空間に和紙の魅力があふれていました。バッグ、アクセサリー、ポストカード、水引セット。カラフルだけど決して派手ではない、素朴さの中にもどこか優雅な趣がある。そんな東京和紙の魅力を引き出したアイテムを作り、ワークショップを開催し、日本はもとより海外にも積極的に販売している篠田さん。そのパワーの源はどこにあるのでしょう。

聞けば、和紙ラボTOKYOを立ち上げるまで篠田さんは何度も転職を繰り返してきたといいます。

「かれこれ7回転職しました(笑)。最初はビデオの制作会社。その後、映像制作会社に移ったんですが、何か違うなと思って10日でやめてイベント会社に転職しました。イベントには映像が使用されると思ったからです。でもこのイベント会社が超ブラック企業で少しメンタルをやられてしまい、次は紙媒体に進もうと印刷会社に入りました。その後、パーカーなどのプリント工房に転職したらイベント会社よりもさらにブラックな環境でげっそりと痩せて1ヶ月で辞めて、ディスプレイやダンボールでPOP台を制作している会社に移ったんです。ところがここも超ブラック。1年で退職して(笑)、大手のパッケージ会社に移りました」

7回もの転職のプロセスは篠田さんが身につけてきたスキルやノウハウの積み重ねの歴史でもあります。動画制作、DTP、ディスプレイ、CAD、そしてパッケージデザイン。悪戦苦闘しながら前へ前へと進み続けてきたその先で篠田さんを待っていたのが和紙との出会いでした。

和紙の魅力を熱心に発信している篠田さん。和紙の種類の多さに驚かされます。

「最後のパッケージデザインの会社では紙素材からの提案も手掛けていたので、さまざまな紙と接しました。中でも面白いなと思ったのが和紙。高級な商品を扱うお店はブランディングのために和紙を使いたいというところが多かったんですよ。そうか、和紙には他にはない魅力を感じている人が多いんだと実感しました。そんな話をたまたま実家の父としていたら、祖父が長野県飯田で水引の問屋をしていたことを知ったんです。水引の芯は和紙でできていますからね。縁を感じて、その縁をつなぎたいと考えるようになりました」

和紙職人になるのは難しいけれど、パッケージデザインの仕事を手掛けていたから和紙を使って「形」を作るスキルならある。まずは個人事業主として始めてみよう。こうして2015年、篠田さんの新しいチャレンジが始まりました。

海外の展示会で反響を得たライブの和紙漉き

篠田さんが単なる和紙ではなく、「東京」の和紙にこだわったのはなぜなのでしょう。

「東京が2020年のオリンピック・パラリンピックの開催地に決定した2013年に、営業先で『メイドインジャパンの和紙はあるけれどメイドイントーキョーの和紙はないの?』と聞かれることがよくあったんですね。そのときにはすでに和紙職人の知り合いが何人もいたので、メイドイントーキョーのグループを作ろうかという話になり、2016年に一般社団法人東京和紙を設立しました」

2018年には篠田さんは個人事業主を脱し、和紙の原料栽培から制作、販売までをトータルでプロデュースする東京和紙株式会社に立ち上げました。和紙ラボTOKYOは東京和紙の活動の一環です。

最初にアトリエを構えたのは台東区の入谷。シェアアトリエのため制約が多かったことから篠田さんは2019年に佐竹商店街そばの現在の場所にアトリエを移しました。

佐竹商店街のすぐ近くにあるアトリエ。補助金の条件をクリアした「三方窓あり」の明るい物件です

「東京都の商品を販売する事業を対象としたBUY TOKYOと台東区のデザイナー・クリエイター等の定着支援事業の補助金を得ることができたので移転できました。定着支援の方は条件がいろいろあって、例えば1階で窓が3つ以上があった方がベスト。幸い良い場所が見つかりました」

三方の窓から明るい日差しが差し込む空間に拠点を置き、いよいよ篠田さんの活動が本格化します。まず始めたのが和紙を使ったワークショップ。さらに、海外への展示会にも出展を試みました。

ワークショップでは余ったガーゼを入れて和紙を作ることも。一つひとつできあがりが異なり、「味」があります。

「和紙は日常的に売れるものではないし、使う人も少ないだろうし、いまいちピンとこない人も多いだろうと考えて、かごバッグやショルダーバッグを作り、海外の展示会に出ました」

かごバッグに用いたのは一閑張(いっかんばり)の技法。傷んだり壊れてしまった竹かごなどを和紙を張り合わせて丈夫に再生させる技法です。

「海外の人に受けがいいかなと思ったんです。ただ、口が空いているのでスリにあうリスクがあると知り合いに指摘されて、フラップのついたショルダーバッグやハンドバッグも作りました。これにはパッケージの仕事で得た知識が役に立ちましたね」

パッケージデザインのスキルやノウハウを生かし、和紙で作るバッグのバリエーションも広がりました

パリ、ロンドン、アブダビ、フランクフルト。展示会に篠田さんが持ち込んだのは和紙を使った製品ばかりではありません。和紙の原料を持参し、その場で紙漉きの実演も行いました。和紙の製造工程をライブで見せることで和紙への関心を高めるきっかけにしたいと考えたからです。

この狙いは見事に的中しました。

「リアルに和紙作りを見てもらったのが良かったんだと思います。苦労されている出展者さんは多かったんですが、ビギナーズラックというのかいろいろ注文をいただきました」

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大により海外への出展は難しくなり、オーダーもほぼキャンセルに。この窮地を救ったのが篠田さんが開拓していた新たなチャネル。海外のハンドメイドマーケットプレイスへの出店です。

「展示会も中止になるし注文もキャンセルになるし、困ったなと思いましたが、コロナ禍でもハンドメイドマーケットプレイスからの注文は絶えなかったんですよ。日本に来られないという方もそこから買う方が多くて、なんとか生き存えることができました(笑)」

一つのチャンスを次につなげる

店を開いてから現在に至るまで(コロナ禍においても)、和紙ラボTOKYOは数々のメディアに登場しています。

「メディアにこちらからプレスリリースを送ったりしたことはないんですが、ブログやホームページで地道に発信していたら向こうから注目されるようになったんです。おかげさまでは地上波は全局取材されました(笑)」

面白いのは取材を受けて終わり、ではないことです。篠田さんは取材されると「こんな風に取材されました」という記事を欠かさずブログにあげています。次の取材時の参考材料になるからです。

「前はこんな感じで取材されたということがわかれば、じゃあ今回はこんな角度から取材しよう、こんな絵を撮ろうと決めやすいですよね。取材を次の取材につなぎ、さらには集客にもつなげるようにしています。TV放映を機にネットから注文が入ることも多いので」

コロナ禍も落ち着きを見せ、規制が緩むにつれてワークショップの参加者もV字回復。国内販売も順調に上向いています。最近は再び外国人観光客の姿も増えてきました。

和紙の原料である楮を蒸して皮をはぐ–。滅多に見られない工程にワークショップでは驚きの声があがります

和紙ラボTOKYOの代名詞ともいえる和紙漉き体験のワークショップでは、原料である楮(こうぞ)の皮を剥いたり、叩いたりなど伝統的な手すき和紙製造工程も体験できます。作るモノもさまざま。手すき和紙をいろいろな技法で染め、カラフルな和紙を作ったり、材料に野菜を用いたり、ガーゼなど異素材を加えることもあります。和紙の可能性を楽しく体験できる点が人気の要因なのでしょう。

篠田さんはナスやパイナップルなどいろいろな野菜を使った和紙にも挑戦しています

水引のワークショップや専用キットも人気を集めています。

「最初はアクセサリーにして販売していましたが、色別にしてセットにして販売したら興味を持つ方が多かったんです。自分で水引を結ぶのが楽しいんでしょうね。海外用に英語版のテキストも作りました。ワークショップも人気ですね。先日、アメリカ人のご夫婦とそのお友達の3人組が来店されましたが、奥様がすごくお上手でした」

豊富なラインナップから好きな色の水引を選び、自分の手で結んでいく–。外国人からも人気が高いワークショップです。

篠田さんが予想もしていなかった用途での注文も少なくありません。本のカバーを着物で制作しているフランス人からはブックバンドや栞用に水引の注文が入り、NYのディスプレイの会社からはウインドーを飾る木箱につけたいからと100個の水引の注文もあったそうです。和紙や水引のポテンシャルは私たちが思うよりもずっと高いのかも知れません。

水引の結び方の種類を展示しているコーナー。水引の奥深い世界をうかがい知ることができます

東京和紙というドメスチックかつニッチな製品を扱いながら販売先はグローバル。和紙ラボTOKYOが和紙の可能性を国内外を問わず押し広げているのは、英語にも臆することなく展示会やSNSを貪欲に活用し、一つのチャンスを幾重にも活かし、困難な時期にも手を休めることなく活動を続けてきたからでしょう。

最後にモノマチとの接点についてお聞きしました。

「最初に参加したのは2020年のオンラインモノマチ。リアルでの参加は昨年が初です。オープンが2019年ですし、佐竹商店街の中にあるわけでもないので、店を知ってもらう良いきっかけになったと思います」

外国人向けに英語版のキットも用意している篠田さん。和紙や水引の魅力を世界中に広げています

モノマチ2022ではワークショップに多くのお客様が殺到し、たった一人でてんてこ舞いだったという篠田さん。今年はすでに広めのスペースを近くに借り、手伝いも確保。準備を整えている最中です。

「ぜひ期待してください」という篠田さん。モノマチはもちろん、モノマチ以外の期間でも常に東京和紙に熱い情熱を注いでいます。

和紙ラボTOKYO
東京都台東区台東3-30-2 市川ビル 1F
TEL : 03-5812-4882
URL : https://thewashi.tokyo/washi-labo-tokyo/

Photo by Hanae Miura
Text by Fukiko Mitamura

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