飽くなき探求心で心を磨き、技を磨く すべては「最高の畳」のために

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金井畳店 金井 功さん

金井畳店の創業は明治44年。以来、110余年にわたり畳ひと筋に歩み続けてきました。身近な存在でありながら、畳がどんなふうにしてつくられるのか、どのような効能があるのかなど、実は知られていないことがたくさん。そんな畳について、また畳にかける想いについて、4代目の金井功さんに伺いました。

畳屋の仕事は、実は鮨職人とよく似ている

古来より日本人が親しんできた「畳」。生活様式の変化から和室のない家がふえている現代においても、畳のある空間に身を置くだけでなんだか心がほっとするような、温かな気持ちになれるから不思議です。

そんな日本人の暮らしに寄り添ってきた畳を110年以上にわたってつくりつづけているのが金井畳店。現在は、4代目の金井功さんが看板を守っています。

「小さいころから作業場が遊び場でした。父親から『お前も畳屋になるんだよな?』と聞かれ、『なるよ!』というとすごく喜んでくれて。その姿を見るのが大好きで、自然と畳職人を目指すようになりました」と金井さんは話します。

一針一針に想いを込め、丁寧に畳を製作する金井さん。

まずは、畳がどのようにしてできあがるのか、金井さんに伺いました。

「畳は、い草を敷物のように織った畳表、土台となる畳床、畳のふちにかぶせる縁(へり)でできています。畳表の材料となるい草を育てて収穫し、製織して畳表をつくるまでが農家さんの仕事。畳床も、縁も、それぞれをつくる専門の方がいます。そして、畳屋の仕事は、たとえるならお鮨屋さんのようなもの。ネタ(畳表)やシャリ(畳床)を目利きして仕入れ、お客様の好みに合わせて握る(畳に成形する)のが畳職人の仕事というわけです」

高品質な畳表を目利きするのも畳職人の大切な仕事。その目を養うため、金井さんは毎年、い草の産地を訪れ、勉強を重ねています。

伝統技術を通して“心”を磨く

今、世の中に出回っている畳の約9割は機械で製作されたもので、スイッチひとつ押せば誰でも畳をつくることは可能です。しかし、そんな時代であっても、“畳づくりの基本は手作業”だと金井さんは断言します。

「手縫いと機械との一番の違いは、力の塩梅を調整できるかどうかです。いかに美しい直線を表現できるかが畳の真髄だと思うのですが、使う材料は天然のい草なので、一本一本に個性があり、1つとして同じものはありません。なので、ちょっとここは薄いからい草を足してあげようとか、ここは厚いから思いっきり締めてやろう、というように作り手の意思を込めることで初めて、理想の畳ができあがるのです」

どんなに精巧な機械であっても表現することのできない世界。これこそ、熟練した職人だけが成し得る偉業なのです。

畳を持ち上げるときに使う敷き込み鈎、畳を縫うときに手を守る手当てなど。どの道具も年季が入っています。

そんな金井さんがライフワークとして取り組んでいるのが、「有職畳(ゆうそくだたみ)」の製作です。有職畳とは、古くから朝廷や武家などの儀式・作法の定法に基づいてつくられた畳で、現在では寺社などで伝統的な調度具として使われているもの。古来より伝承されてきた定法に則り、すべて手作業で仕上げる有職畳は、畳づくりの技の集大成といっても過言ではありません。

「有職畳を製作するのはとてつもなく難しく、途中で何回か心が折れそうになる。それでもなんとか踏ん張って完成させたとしても、達成感を感じるのはほんの一瞬で、残りの99%は怒りしかない。なんでこうできなかったんだろうとか、もっとこうしておけばよかったとか、悔しさの方が上回るんです。なので、次はそれを乗り越えてやろうと、またその上を目指す。そのくり返しですね」

これが有職畳。伝統的な造作技術に加え、気が遠くなるほどの手間なくしては生み出すことのできない、まさに芸術ともいえる逸品です。

寸分の狂いもなく整えられた縁の模様は、息をのむほどの美しさ。

有職畳は、伝統技術が生み出す日本特有の美ともいえるもの。でも、「これをつくれるからすごい、ということではない」と金井さんはいいます。

「大事なのは、畳づくりに向き合う心を鍛え、磨くこと。技術なんて、後からいくらでもついてくるんです。こういう仕事に真摯に、真剣に向き合って心を磨き、お客様の畳に還元する。そのために、僕はこれをライフワークにしているのです」

やわらかさを追求したオリジナル置き畳

そうしてひたむきに職人としての心と技を磨く一方で、現代のライフスタイルに合わせた新しい提案も精力的に行っている金井畳店。なかでも注目したいのが、2019年に販売を開始したオリジナルの置き畳です。置き畳は、好きな場所に手軽に敷けるのがメリットですが、薄くすると畳特有のクッション性が失われ、厚くすると重くなって持ち運びが困難になってしまいます。そこで金井さんは、本畳のようなやわらかさを追求した新しい置き畳の開発に挑戦しました。

畳本来のやわらかさに徹底してこだわったオリジナル置き畳。

畳床の芯材には、「ケナフボード」と「梅炭クレープ紙」を採用。ケナフボードは、ケナフやヤシなどの天然素材とポリエステル繊維などをふんだんに使った新素材のマットで、やわらかな感触とこれまでにないやさしい足あたりが特徴。一方、梅炭クレープ紙は、南高梅の種の炭を擦り込んだシートで、薄くてやわらかいうえに、消臭・抗菌効果もあります。こうして、職人の技と新素材との融合により、やわらかさ・軽さ・薄さの3拍子揃った高品質の置き畳が誕生しました。

足あたりがやさしいため、小さなお子さまがいても安心。和モダンに、スタイリッシュにと、使い方次第で多彩な空間を演出できます。

「このオリジナル置き畳をつくるときも、あくまでも“縫う”ことにこだわりました。芯材や畳表を糊で接着すれば、大量生産するのは簡単です。でも、それでは傷んできたときにメンテナンスすることができず、使い捨てになってしまう。そうではなくて、張り替えやメンテナンスをして長く愛用していただくのが畳の本来あるべき姿だと思ったからです」

時代のニーズに応えながらも、畳という日本文化への敬意はけっして忘れない──そのブレのない精神があるからこそ、ずっと変わらずに“本物”を生み出し続けることができるのでしょう。

快適な空間づくりに加え、育てる楽しさも

畳とひと口にいっても、金井畳店の商品の品揃えは実にバリエーション豊富。畳表だけとっても材質によって表情は異なり、畳縁があるかないかでも印象はガラリと変わります。また、畳縁も多種多様な素材や色、柄があり、思わず目移りしてしまうほど。それらを巧みに組み合わせることにより、多彩な空間演出を実現しています。

専門の採寸技術により部屋にぴったりフィットするようにあつらえたり、部屋の広さに合わせて畳縁の幅を微調整したりといったことができるのも、確かな腕を持った畳職人ならでは。その品質と満足度の高さは、多くのお客様から寄せられる「金井畳店にお願いしてよかった」という言葉が証明しています。

日頃から「お客様を喜ばせるためにはどうしたら良いか」を常に考えているという金井さん。

「畳は、日本の気候風土に適した敷物として先人が考えてくれた、日本独自の文化です。夏は湿気を吸収し、冬は蓄えた水分を放出する。畳の原料であるい草には抗菌作用があるほか、特有の香りにはリラックス効果もあります。そして、人の足の脂は畳にとっては天然のワックスになるので、人間が素足でいっぱい歩くことでピカピカに磨かれていく。そんなふうに、空間を快適にするだけでなく、育てる楽しさもあるんだということを多くの方に知っていただきたいですね。また、既存の枠にとらわれず、別の素材と組み合わせるなど新たな発想も取り入れながら、畳の魅力を発信していけたらと思っています」

金井さんの頭の中では、すでに新たなコラボ企画のアイデアが浮かんでいるとのこと。畳のある暮らしがもっと楽しく、おもしろくなるのではと期待に胸が膨らみます。知れば知るほど奥深い、畳の世界。今こそあらためて、畳の魅力を見つめ直してみませんか?

金井畳店
東京都台東区浅草橋 2-13-9
TEL : 03-3851-3802
URL : https://www.tatamiya-kanai.com/

Photo by Hanae Miura
Text by Miki Matsui

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