艶っぽっくて風情のある街、柳橋PART1ー台東モノマチエリア探訪

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台東モノマチエリアは11の町で構成されています。一つひとつの町に個性があり、特徴があり、趣がある。台東モノマチエリア探訪では一つの町をクローズアップして、その歴史や魅力に迫ります。

最初に取り上げるのは「柳橋」。北は蔵前、西は浅草橋に接し、神田川と隅田川にはさまれた小さなエリアです。この一帯は、名にし負う花街でもありました。艶っぽくて風情のある町、柳橋のはたしていまと昔とは…!? PART1、PART2の2回に分けてお送りします。

江戸の繁盛を代表する一帯

「鐘一つ売れぬ日もなし 江戸の春」。

元禄時代の著名な俳諧師・榎本其角(後の宝井其角)はこう詠みました。めったに売れないお寺の鐘でさえも毎日売れていくー。江戸の景気の良さを巧みに表現したこの句の舞台となったのが西両国。いまの柳橋から浅草橋にかけてのエリアです。

柳橋が江戸の繁盛を代表する一帯へと成長したきっかけは「振袖火事」とも呼ばれた明暦の大火にありました。明暦3年(1657年)、本郷の本妙寺で発生した火は寺を焼き、近隣の家を焼き、江戸城の本丸や天守閣まで焼き落とし、死者10万7000人以上もの被害者を出す大惨事となったのです。こうした非常時に人々がいち早く対岸へと避難できるようにと、万治2年(1659年)に江戸幕府が隅田川に架設したのが両国橋です。

出典:国立国会図書館「錦絵でたのしむ江戸の名所」 (https://www.ndl.go.jp/landmarks/)

向こう岸へと容易に渡れる橋の完成により、柳橋は大きく様変わりしました。このあたりを訪れる旅人が増え、店が増え、商人の出入りが激増します。柳橋がとりわけ隆盛を極めたのは文化(1804〜1817年)、文政(1819〜1829年)の時代です。

出典:国立国会図書館「錦絵でたのしむ江戸の名所」 (https://www.ndl.go.jp/landmarks/)

「質素倹約・綱紀粛正」を目指し、老中の水野忠邦が敢行した天保の改革(1830〜1843年)により、岡場所(江戸の私娼街)が廃止されると、粋と任気で人気のあった深川の辰巳芸者たちが柳橋へと住み替え始め、柳橋はよりいっそう活気を増していきました。

隅田川花火大会のルーツ

柳橋の栄華を見る上では、亨保18年(1733年)に創始された「両国の川開き」も見逃せません。その年の5月28日(旧暦)から3ヶ月の間、両国橋を中心に舟遊びが行われ、初日は「川開き」と称して大花火が打ち上げられました。そう、現在の隅田川花火大会のルーツです。

時が移り、明治政府が生まれ、大正になり、戦争が起き、幾度も中断されながらも川開きは続きます。戦後は昭和23年(1948年)に復活。柳橋は変わらぬ賑わいを取り戻しました。

川開きの際は、川沿いにぎっしりと連なる料亭の前に桟敷席が設けられ、そこに多くの芸者たちが呼ばれました。この席でいっぱい飲むのが商人の贅沢。高い建物がなかったので、どこからでも花火は美しく鑑賞できたそうです。

出典:国立国会図書館「錦絵でたのしむ江戸の名所」 (https://www.ndl.go.jp/landmarks/)

ちなみに、柳橋の芸者たちのプライドは日本一の花柳界にふさわしく超一級。江戸幕府が倒された後、薩摩や長州出身の政治家たちも接待の場として柳橋を使いたがっていましたが、柳橋の芸者たちは馴染みの客を大事にしたため、明治幕府は新たな花街を作らざるを得なかったとか。それが新橋の花柳界です。

衰退を余儀なくされた花街

隅田川の両岸で絢爛豪華な花火を見ながら芸者たちとともに年に一度の大宴会を楽しむ–。長くそんな慣習が続きます。

出典:国立国会図書館「錦絵でたのしむ江戸の名所」 (https://www.ndl.go.jp/landmarks/)

しかし、昭和34年(1959年)に伊勢湾台風が日本を襲い、甚大な被害を与えてからは柳橋の光景は一変します。伊勢湾台風の2年後、東京都は隅田川沿いの護岸を回収して堤防を作りました。伊勢湾台風級の高潮にも対応できるようにするためです。

この工事によって川岸にあった料亭はほぼ店を畳んでしまいました。最盛期には料亭と合わせて60軒以上、400人近い芸者を擁していた柳橋の花街は衰退の一途をたどります。

見るみるうちに料亭は姿を消して、いま残っているのは伊藤博文が利用したことでも知られる亀清楼のみ。もう一軒残っていた伝丸は2016年に閉業しました。マンションとビルが立ち並ぶ現在の柳橋にもう花街の面影はほとんど残っていません。

とはいえ、完全に消えたわけではありません。いくつかの場所では当時の風情や趣を感じ取ることもできるのです。歴史を感じさせる店、新しい息吹を感じさせる店。PART2では柳橋のいまをお伝えしていくことにしましょう。

Text by Fukiko MITAMURA

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