元プロミュージシャンが育む「思いを形にするビジネス」

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リアライズ 佐藤正裕さん

音楽への情熱に溢れたひとりの若者がわずかな資金を元手に商売を始め、やがてビジネスを大きく育てていくーー。そんな夢のようにワクワクする物語がモノマチエリアで進行しています。

胸弾むサクセスストーリーを繰り広げているのは、オリジナル商品やライセンス商品の企画・製造・販売を手掛けているリアライズの代表取締役、佐藤正裕さん。第8回目のモノマチで実行委員長をつとめ、地域貢献にも熱心に取り組んでいる佐藤さんにお話をうかがいました。

音楽の道からビジネスの道へと転じた佐藤正裕さん。ミッションは「コンテンツが溢れる世界の実現とその世界でコンテンツとつくり手の幸せな循環をつくる」

この仕事はなんて尊いんだ

21歳でCDを初リリースし、全国ツアーはもちろん、海外でも7回のツアーを行い、音楽の世界で活躍してきた佐藤さん。ミュージシャンの世界から起業家の道を歩み始めたきっかけは、小遣い稼ぎのつもりで始めた缶バッジづくりでした。

「手元には税金の還付金が14万円ほどあったので(笑)、7万円の缶バッジ機を買って、知り合いのバンドマンに依頼された缶バッジを作りました。それが好評で、どんどん依頼が増えていきました」

7万円の機械で制作した缶バッジがリアライズの始まり。小さな「種」が大きく実りました

当時、佐藤さんは30歳。ベースを担当するバンドマンとしてそれなりの実績はあげていたものの、報われない思いを抱いていました。満塁ホームランを打ちたいのにかなわない。三振ばかりが続いていく。このまま音楽を続けていいのだろうか。焦燥感にかられていた佐藤さんにとって、注文を受けて缶バッジを製造販売する商売は新鮮でした。

「こちらがお金をいただいているのに、お客様から『ありがとう』というメールが届くんです。それが本当にうれしかた。お客様からすれば、自分がイメージしていたコンテンツが実際に形になって届くことに感動されるのかもしれないですね。きっと心がザワザワして、『ありがとう』というメールにつながるんでしょう。この仕事はなんて尊いんだと思いました」

会社の成長とともに缶バッジの種類、サイズもこんなに増えました。

寝るのがもったいない

予想外の手応え、びっくりするほどの感動を覚えた佐藤さんは、それから3年間、音楽活動を続けながらTシャツやステッカーなども品揃えに加え、モノづくりのスキルを培っていきます。

「『AI(Adobe Illustrator)で入稿』とか、『墨一色で』と言われても何のことだかわからない(笑)。その都度、調べて対応していました。WEBサイトも自分で作ったんですが、HTMLの本を読んで独学で作りましたよ。ただ、お客様に恵まれましたね。いろいろ教えてもらいましたし、請求書をミスしていたら取引先から『これを使え』と会計ソフトをもらったこともあります」

注文が入るとグッズを制作し発送する。一連の作業をバンド活動と並行して続けるのは容易ではありません。しかも、佐藤さんは雑誌やWEB制作のバイトも同時に行っていました。

「ツアーの最中もずっと仕事はしていました。打ち上げの後に、漫画喫茶にこもって仕事をしたこともあります。おのずと睡眠時間が削られていきましたが、当時は寝るのがもったいないような気分でした」

モノづくりの仕事が楽しい。やればやるだけ手応えがある。その高揚感もあったのでしょう。佐藤さんの二足のわらじ生活は続きました。

そして2010年。お子さんが生まれたこの年、佐藤さんは「決断のとき」を迎えます。

「秋のカナダツアーを最後にバンド活動から退きました。本当は音楽を辞めないためにこの仕事を始めたんですが、やはり音楽の世界は難しい。これはもう潮時かもしれないと思いました」

翌年、佐藤さんは法人化に踏み切り、株式会社リアライズを設立します。東北のある施設から仕事が飛び込んできたものの、個人事業主では仕事を進められないことがわかり、悔しい思いをした経験が一つのきっかけでした。

モノマチエリアの三筋町に越したのもこの頃。東日本大震災の後、「いま引っ越したら家賃が安いかもしれない」と考えた佐藤さんは早速物件探しを始め、震災の約10日後にオフィス兼自宅を三筋町に移しました。

突き当たった壁

ここからリアライズは目覚ましい躍進を遂げていきます。2012年はオリジナルキーホルダーの制作事業をスタート。翌年にはiPhoneケースやオリジナルステッカーも作り始め、年間オリジナル缶バッジの制作個数は500万個に達しました。

ライセンス事業もスタート。いまや収益の柱の一つ。コロナ禍ではリアライズを救いました

事業拡大を受けて2014年には静岡に物流センターを設立。ライセンス事業も開始し、高性能の機械も導入しました。UV印刷機、レーザー加工機、テキスタイル印刷機。受注や問合せへの対応、決済、在庫管理、物流、アフターフォローまでのフルフィルメントの構築も図っています。

しかし、2018年に入ると佐藤さんは壁に突き当たりました。

「それまでは法人化したとはいえ、いま思えば個人事業の延長でした。会社を成長させていくには人に仕事を任せていかなければならない。そう思ってもすぐに我慢できずに口を出してしまっていたんですね(笑)。勤務体制の見直しにも迫られていました。長時間労働が続いていたため、注文も多いけれどミスも非常に多かったんです」

このままではまずい。仕事を円滑に進められる仕組みを作り、働きやすい環境を整備していかなければ人が離れ、新たに採用することも難しい。佐藤さんはまず利益が薄い事業をカットし、注文のロット数を見直して、利益が確実にとれるBtoBに舵を切りました。と同時に、リアライズを魅力ある会社に育てていくためにさまざまな制度を導入しました。記念日休暇、台東区在住者への住宅手当て、年間12万円までの自己投資費用の提供。残業は許可制にし、スライド出勤も可能にしました。

楽しいからやる、皆で盛り上がって仕事をこなす。毎日が学園祭のような若い会社が、収益や社内環境を冷静に見つめ、顧客や取引先、従業員の期待に応えながら経営の舵取りを行う組織へと進化したといえるかもしれません。

社内に掲示されている沿革。原点を忘れず未来を目指すのがリアライズ流です

バリューチェーンの一つ上のレイヤーにシフト

コロナ禍もリアライズを大きく変えました。緊急事態宣言が出された2020年5月の売上は前年同月比50%。なんとか工夫をして売上回復を図ったものの、この年の売上は20%ダウンしました。イベントが一斉に消えたのですから当然といえば当然でしょう。

しかし、ここで佐藤さんは新たな可能性を見出します。

「モノづくりの力を活かして、自分たちが版権を取ってキャラクターグッズを作る事業を強化し、企業とのタイアップやコラボ企画も多く手掛けるようになりました。それまではお客様から注文を受けて商品を作る事業が中心でしたが、今は企画ものが2割を占めるようになってきていて、来期は3割程度にまで増えそうです。バリューチェーンの一つ上のレイヤーにシフトできたように思います」

自ら主導権を握り、企画を立てモノづくりへと落とし込んでいく。注文を待つ受身の姿勢ではなく、こちらから働きかけてビジネスを新たに創出していく。リアライズが実現した業態転換は、従業員のモチベーションを上げ、会社へのエンゲージメントも深めているのではないでしょうか。

「先日も池袋でカードキャプターさくらのイベントを企画して実施しましたが非常に好評でした。スタッフが優秀なんですよ」

そう、うれしそうに語る佐藤さん。働きやすい環境、やりがいのある仕事、楽しい職場の実現に動いてきた佐藤さんの努力は着実に結実しているようです。

モノマチについても尋ねてみました。佐藤さんにとってモノマチとはどのような意味があるのでしょうか。

「人間関係が広がり、地域の人々とのコミュニケーションが活発になりました。ビジネスパートナーを得ることができた貴重な場ですね。学んだことも多いです。それまで商品のディスプレイは苦手で、商品写真もスマホで撮っていただけでしたが、モノマチを機に『これではだめだ』と思い、写真はプロに依頼してディスプレイにも気を配るようになりました(笑)。これからのモノマチには新陳代謝を期待したいですね。モノづくりの魅力を伝えていくことはモノマチの基本ですが、イベントとしてももっと盛り上げていきたいと思います」

音楽活動からは退きましたが、佐藤さんが音楽に注ぐ愛情や情熱は変わっていません。佐藤さんに今後の計画について尋ねると熱気を帯びた答えが即座に返ってきました。

「コロナ禍でミュージシャンの収入は大きく減りました。でも、音楽の体験とモノをセットで提供することでミュージシャンのマネタイズに貢献できると思うんです。ミュージシャンを支援できるプラットフォームを作りたいですね」

ミュージシャンとしての経験、これまで培ってきたモノづくりのスキルや企画力を、ミュージシャンやアーティストのクリエイションに結びつけ、収益化を図る。佐藤さんがそんなソリューションを実現させたそのとき、リアライズはさらに新しい姿を見せてくれるに違いありません。

リアライズの本質をわかりやすく紹介したTシャツ。この先、佐藤氏がどのように会社を導いていくのか。未来が楽しみです

株式会社リアライズ
東京都台東区小島2-18-15-3F
TEL : 03-6240-9227
URL : https://realize-group.co.jp/

Photo by Hanae Miura
Text by Fukiko Mitamura

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