筆記具の運びを滑らかにするレトロで上質なノートブランド
ツバメノート 代表 渡邉一弘さん
どこか懐かしく、レトロなテイストだけど、決して古臭くはない。一見、普通の紙に思えるけれど書き味に優れ、目にも優しい。75年の歴史を刻んでいるツバメノートはいまも多くのファンを獲得しているノートブランドです。モノマチにも第4回から加わり、以後、常連として参加を続けてきました。モノマチに来たらツバメノートに必ず行くというファンは少なくありません。
黒澤明監督をはじめ、著名なアーティストやデザイナーに愛され、洗練された品揃えで定評のあるセレクトショップ「「ザ・コンランショップ」でも販売されているツバメノートはなぜ多くの人を魅了しているのでしょうか。4代目代表の渡邉一弘さんにお話をお聞きしました。
唯一無二の書き味
クラシックな飾り模様が入ったグレーの表紙、金色に箔押しされた品番、そして黒い背表紙。中を開くと、目に飛び込んでくる優しい薄紫色の罫線、糸で綴じられた上質な本文用紙。ツバメノートを開くとなんとなく背筋がピンと伸びるような気がしませんか。そんなツバメノートは昭和22年(1947年)に誕生しました。
「終戦直後、粗悪品のノートがあふれていた現状に歯止めをかけたいと、ツバメノートの初代社長である渡邉初三郎が十条製紙とタイアップし、抜群の書き味を誇るツバメ中性紙フールスを開発しました」(渡邉社長)
現在のツバメノートに使われているこのツバメ中性フールス紙は、通常のフールス紙よりも丁寧に漉いた高品質のオリジナル紙。油性インクを使うオフセット印刷の場合、インクが紙に染み込まないため罫線が少し盛り上がりますが、ツバメノートが採用している罫引き印刷は、水性インクで紙に直接罫線を引いているため、指に引っかかることがありません。万年筆や水性ペン、ボールペン。どんな筆記具を使ってもインクが紙の中にすーっと染み込むからペンの運びが滑らかで、吸い取り紙の必要もない。その書き味は唯一無二といっていいでしょう。
優しい色合いもツバメノートの特徴の一つです。本文用紙の色は誕生当時から現在に至るまで蛍光染料は使っていません。光の乱反射が少なく、使う人の目への優しさを追求した仕上がりです。
ミシンでの糸綴じも大きな魅力。糊付け製本であればコストは下がりますが、ツバメノートは丈夫さを考えて糸とじにこだわり続けています。何度も開いたり閉じたりしているうちにバラバラになりがちな糊付けしたノートと違って、表紙と本文用紙の束をセットして工業用ミシンで丹念に綴じているため用紙がばらけることもありません。
筆記具を滑らせて文字を書く、メモをしたためる、図案を描く。そうした行為がとことん快適になるように作られている。それがツバメノートなのです。
新境地を拓く「クリームメモ」
ところで、ツバメノートという名称はどこから生まれてきたのでしょうか。以前、先代の渡邉精三さん(故人)からこんなお話をお聞きしました。
「ノートを出した当時、営業に燕さんという優秀な男性社員がいたんですよ。モンゴメリー・クリフト(1950年代に人気を得ていたハリウッドの男優)みたいに男前でね。話もすごく上手でした。得意先からは『おたくはノートもいいし、人もいい』とよく褒められていたので、初代がノートに彼の名前をつけたんです。当時は特急ツバメ号も人気でしたし。ただし、B5版のノートの背の部分には初代の名前のW(渡邉)が、A5版にはH(初三郎)がついています。ちゃんと初代の名前も入っているんですよ」
従業員の名前を看板商品のノートに冠する。そんな常識にとらわれない発想と行動力はいまも同社に脈々と受け継がれています。ツバメノートはさまざまな企業やショップ、ブランドとコラボレーションしたノートを発表し、新製品の開発にも積極的に取り組んできました。
たとえば、ディズニーとのコラボ商品。よく見ると、ツバメノートの表紙の伝統的な柄にディズニーのキャラクターが隠れていることに気づきます。ツバメノートを舞台にまるでかくれんぼを楽しんでいるかのようなキャラクターたち。2つのブランドの魅力が融合した仕上がりです。
伝説的なコラボ商品もあります。それは、フランスのデザイナー、アニエス・ベーとコラボし、ツバメ中性紙フールスよりもさらに上質なバイキングフールスを用いた高級紙ノート。ツバメノートに着目したアニエス・ベーのオーダーに、ツバメノートはインクの浸透度や平滑度に優れたバイキングフールスで応えました。コストが高いため、バイキングフールスはいまは生産されていませんが、ツバメノートの力量がいかんなく発揮された一品です。
2017年には、400年の歴史を持つ富山県の伝統工芸・高岡銅器とコラボし、「Perfect.Z」という高額ノートも発表しました。ブライダル情報誌「ゼクシィ」と手を組み、国内リゾートウエディング版と海外ウエディング版の「ブライダルノート」を開発したこともあります。2021年からは宝島社からのオファーを受けて「レトロ文具シリーズ」の付録としてマルチケースを手掛けています。
「『ぜひに』という依頼で開発しました。おかげさまで非常に好評で20万部ほどは売れたでしょうか。若い方にも『可愛い』と言っていただき、新しい層を開拓できたように思います」(渡邉社長)
2022年に新たにラインナップに加わったのが、B7サイズの「クリームメモ」です。高級なクリームフールス紙を使用し、表紙にはツバメノートのレトロさをそのまま活かして銀箔で箔押し加工を施した、なんともオシャレなメモ帳です。
「ポケットやバッグに入るサイズのメモ帳は、ありそうでうちのラインナップになかったんですよ。取り出しやすいようにB7サイズにし、本文枚数は60枚で仕上げました。クリームフールス紙の良さをもっと知ってもらえればうれしいですね」(渡邉社長)。
片手にらくらく収まるコンパクトなサイズ。それでいて適度なボリューム。何より書き味が良く、持っていると「それ、どこのメモ帳?」と聞かれそうな意匠。ツバメノートの新境地を開拓するアイテムでしょう。
ツバメノートは羽ばたき続ける
ロングセラーを続けるツバメノート。しかし、その製作現場は決して安泰とはいえないようです。渡邉社長は言います。
「丈夫にはできていますが、罫引きの機械がずいぶん古くなってきました。もう50年以上使っていますからね。この機械を作れる会社は日本には1社あるだけ。買い替えには多額な費用が必要ですし、そもそも1台の注文では作ってくれません」
調整をしながら、だましだまし使っていくしかない。機械を操作する職人も高齢化が著しい。これはツバメノートに限った問題ではありません。モノマチに参加しているモノづくり企業の、いえ、日本のモノづくり企業の多くが直面している課題です。
それでも、私たちはツバメノートの明るい未来を信じたい。というのは渡邉社長がこんな話を聞かせてくれたからです。
「そもそも社長は私ではなく従兄弟が継ぐ予定でした。それが諸事情でかなわなくなり、一時は会社を畳むかという話にもなりました。しかし、ツバメノートが消えてしまうのはもったいない。『だったら私が』と名乗りをあげたんですが、その直後に熊本地震が起きたんです。当時、勤めていた会社で私は九州エリアを担当していましたから、すぐには会社を離れられない。ようやく1年後に跡を継ぐことが決まってすぐに先代が病気で逝去しました。もしそのタイミングがずれていたら会社は継続していなかったかもしれません」
ツバメノートは羽を畳むべきではない。空に舞い続けるべきだ–。そんな運命を感じずにはいられないタイミングで社長に就任した渡邉氏は、分厚いノートを作れる職人の高齢化を受けて、2018年に足立区内に自社工場を設けました。工場長をつとめているのは半年間の修行を終えた渡邉社長の弟さん。未来に向けた挑戦の一つです。
モノマチでも参加店の加藤製作所やデザイン事務所のSOL styleと連携して、オリジナルの缶を制作に携わったり、浅草橋工房が開催するノートカバーのワークショップに協力したりとコラボを重ねてきました。2022年のモノマチではオリジナルのステッカーを配布し、多くのファンが殺到したのも記憶に新しいところです。
「やはりここはモノづくりの町。そんな町にモノマチは根付いていると思いますね。私もモノづくりを自分の代では絶対に終わらせたくない。できるだけ長くツバメノートを作り、提供していきますし、モノマチにも参加していきますよ」という渡邉社長の言葉の向こうにツバメノートが元気に羽ばたく未来が見えてきました。
ツバメノート株式会社
東京都台東区浅草橋5-4-1 ツバメグロースビル
TEL : 03-3862-8341
URL : https://www.tsubamenote.co.jp/
Photo by Hanae Miura
Text by Fukiko Mitamura