「作り手+誰か」によって完成する、使うほどに愛着がわく革製品
m+ 村上雄一郎さん
モノマチでもすっかりおなじみのレザーブランド「m+(エムピウ)」。長きにわたり愛され続けるアイテムの魅力を探るべく、代表の村上雄一郎さんにお話を伺いました。
建築士から革職人へと転身
ブランド立ち上げから今年で23年となる「m+(エムピウ)」。天然素材の魅力を最大限に引き出したミニマルなデザインの革製品は熱烈なファンも多く、幅広い層から支持されています。
そんなエムピウの代表・村上雄一郎さんは、実は元建築士という異色の経歴の持ち主です。高校生のころにインテリアに興味をもち、大学卒業後は設計事務所に就職。在職中に一級建築士の資格も取得しました。しかし、建築士に憧れて入ったはずの設計事務所でしたが、村上さんは次第に違和感を抱き始めます。
「モノづくりがしたくてこの世界に入ったのに、実際にはディレクション的な仕事が多く、現場と接する時間はごくわずか。“何か違うな”と思ってしまったんです」(村上さん)
そんなモヤモヤした思いを解消すべく、村上さんは趣味で手縫いのレザー財布などを作り始めます。そして、完成した作品を設計事務所の先輩に見せたところ、これが大好評。そんなことをくり返すうちに、「自分は革職人の方が向いているのでは」と思うようになり、意を決して会社を辞めて、修行のためイタリアへ渡りました。
イタリアでは、職業訓練校で革の勉強をした後、現地の会社に就職してサンプル作りの仕事などに携わりました。そして、2年ほど滞在して帰国。日本ではまだ実績がなかったことから、ランドセルをつくる会社や家具店の外注デザイナーとして働きつつ、オリジナルの革雑貨の制作を開始。こうして2001年に、ブランド「m+(エムピウ)」が誕生しました。
「m+(エムピウ)」という名前の由来は、村上さんの「M」と「+(プラス)」を組み合わせたもので、プラスはイタリア語で「ピウ」と発音することから、「エムピウ」と命名。一人でモノづくりをしているのではなく、職人さんであったり、お客さんであったり、「作り手+誰か」によってモノが完成する、という想いが込められています。
全国のおばあちゃんから人気に火がついた代表作「ミッレフォッリエ」
ブランド立ち上げから3年ほど経った2004年、台東デザイナーズビレッジに一期生として入居した村上さん。当初は知名度もなく、地道にモノづくりを続けていましたが、ある時、大きな転機が訪れます。銀座の百貨店の催事に出店していたときのこと。エムピウの財布「ミッレフォッリエ」を購入した一人の女性から、「この財布のことを新聞のコラムに載せてもいいですか?」と尋ねられました。聞けば、その女性は消費生活アドバイザーで、新聞のコラムを担当しているとのこと。断る理由もない村上さんは、掲載を承諾しました。
「そんなやりとりをしたことすら忘れていたある日、電話は鳴りやまず、ファクスも次々と送られてくるので、『一体、なにごとだ!?』とビックリしてしまって。要は、そのコラムを見た方々から、問い合わせや注文が殺到したんです。あとでわかったことですが、そのコラムを書いてくれた方のファンが全国にいらしたようで、大半がお年を召した女性だったんですよ。だから、電話をかけてくるのも、ほとんどがおばあちゃん(笑)。当時はインターネットも普及してなかったので、すべて電話で対応しないといけないから、トイレに行くときは受話器を外して走っていったりして……。でも、これがきっかけとなって「ミッレフォッリエ」は大ヒットし、エムピウの代表作となった。本当に感謝しています」(村上さん)
全国のおばあちゃんから人気に火が付いた、エムピウのお財布。なんとも微笑ましいエピソードですね。
“道具”のようなものをつくりたい
エムピウの革製品に共通しているのは、無駄な装飾をそぎ落としたシンプルなデザイン。一方で、構造にはひねりがきいており、一度使ったら手放せなくなるほどの機能性を兼ね備えていることも大きな魅力です。このようなエムピウならではのアイテムは、どのようにして生み出されているのでしょうか。
「たとえば、財布ならこういう形、というようにすでに確立されている基本形がありますが、そこを起点にするのではなく、“小銭と紙幣とカードを持ち歩くにはどうしたらいいか”というように、1から考えるようにしています。デザインするというよりは、道具みたいなものをつくりたいんですよね。ハサミだったら、この刃とこの刃を合わせたら紙が切れるとか、トンカチだったら力が入りやすいように柄を長くするとか、そういうふうに考えるのが好きなんです」(村上さん)
前述した「ミッレフォッリエ」も、財布の中身をすべて一方向で見えるようにするにはどうしたらいいか、という発想から生まれたもの。開くと、マチ付きの小銭入れが立ち上がり、ポケット内のカード類、札ばさみで留められた紙幣のすべてを一度に見ることができます。さらに、余計な仕切りを省いているため、全体的にはコンパクトながら、見た目以上に収納力があるという優れモノなのです。
このように、「ミッレフォッリエ」はけっこう凝った構造をしていますが、こちらと対照的なのが、できる限り何も足さないという方向性で考えられた「ストラッチョ」。極限までシンプルを追求しながらも、数ミリ単位で角度や大きさを調整することにより、使い勝手のよさを兼ね備えているところがさすがです。
使い込むほどに味が出る天然革の魅力
そしてもうひとつ、村上さんが革製品をつくるうえでこだわっているのが、素材です。
「エムピウのほとんどの商品に使っているのが、昔ながらの技法でなめした “タンニンなめし”の革です。イタリア滞在中、展示会で見た“リスシオ”という革が気に入って、日本で取り扱っている革屋さんを教えてもらい、そこから仕入れています。この革は、使い込むほどに味が出てくるのが最大の魅力なのですが、エイジングしやすいということは、言い換えれば、慣れていない職人さんが扱うと製造過程でもちょっとしたことで傷がつきやすいんです。なので、そのあたりにも配慮してもらえるよう、製造は一人で、もしくは少人数でまとめあげてくれるような職人さんにお願いしています」(村上さん)
天然素材の革だからこそ味わえる、エイジングの魅力。誰かの手に渡った瞬間からその人とともに呼吸をし、時を重ねることによって生まれる、唯一無二の風合い。まさに、「作り手+誰か」によって完成するという、エムピウが目指す理想のかたちがここにあるのです。
過去の作品を超えるものを生み出すことが最大のテーマ
数々の魅力的なアイテムが揃うエムピウですが、そのなかには、「HIS-FACTORY」(墨田区)の中野克彦さんとのコラボによって生まれたものもあります。それが「ガリアルド」というシリーズ。これは、以前、エムピウとは別に展開していたイタリア製バッグブランド「BellaVita」で発売していたモデルですが、海外での生産継続が難航となり、やむなく休止状態に。「いつかは復刻を」との思いを抱いていた村上さんが、中野氏のモノづくりに対する姿勢に感銘を受け、協力を仰いだことによりコラボが実現しました。
ちなみに、「ガリアルド」とは、イタリア語で“力強くたくましい”という意味。そのネーミングのとおり、骨太でありながら洗練された佇まいが実に美しく、機能性の高さも兼ね備えた珠玉の逸品です。
ちなみに、エムピウでは5年前から、モノマチのときに中野氏をお招きしてのワークショップを開催しています。2023年は、革についてのセミナーのほか、イタリアンレザーを使用した手縫いのキーホルダーづくりの体験を実施。こちらのワークショップもすっかり恒例となっています。
また、エムピウのロングセラー商品「ミッレフォッリエ」の新作も近々完成する予定とのことで、こちらも気になります。
「ミッレフォッリエは、四角い箱型なので、お尻のポケットに入れたりするとどうしてもつぶれちゃいますよね。だったら、初めからつぶしちゃったらどうかなと思って、箱を斜めに押しつぶしたような形にしてみたんです。実際、試作品を1年くらい使ってますけれど、こっちのほうが使いやすいなという印象ですね」(村上さん)
最終サンプルがOKになれば、今年の秋か冬ごろには「ミッレフォッリエS」(仮)として発売されるとのことなので、ぜひチェックしてみてください。
最後に、今後チャレンジしたいことについて伺いました。
「ミッレフォッリエを超えるような財布をつくることですね。新作の「ミッレフォッリエS」は使い勝手は良いかもしれないけれど、それでもまだ敵わないような気がする。なんだかんだいって、ミッレフォッリエは四角くて、見た目が可愛いんだよね。でも、こっちはつぶれていてちょっとブチャイクだから(笑)、最初からこっちを手にする人はあまりいないような気がする。そう考えると、まだまだ敵わないのかな、と。なので、初代のミッレフォッリエを超えるようなものを生み出したい、というのが最大のテーマなんです」
ブランドの顔ともいえる代表作がありながらも、そこに甘んじることなく、さらなる進化を目指す村上さん。今後、どんな新作に出会えるのか期待に胸が膨らみます。
m+(エムピウ)
東京都台東区蔵前3-4-5 中尾ビル
TEL:03-5829-9904
URL: https://m-piu.com
Photo by Hanae Miura
Text by Miki Matsui