明治時代に紙漉きから始まった創業118年の老舗印刷会社
望月印刷 田中一博さん
モノマチに来場された方の多くがインフォメーションで受け取る、マップやガイドブック。今回はそれらの印刷を手掛けている「望月印刷」の田中一博さんにお話を伺いました。
紙漉きから製袋業、そして総合印刷会社へ
浅草橋にある望月印刷は、1905年(明治38年)創業の老舗印刷会社です。118年におよぶ歴史を遡ってみると、当初は印刷ではなく、紙漉きを生業としていました。
「江戸時代、このあたりは田んぼばかりで、農閑期に紙漉きをする人々がたくさんいたそうです。当時、和紙は非常に高価だったため、使い古した紙を一度水につけて溶かし、再度漉き返す、といったことも行われていました。今でいうリサイクルペーパーですね。そうした再生紙はおもに浅草のあたりで作られていたことから“浅草紙”と呼ばれていました。今でも神田川沿いや東上野、浅草のあたりに紙の加工会社が多いのも、その名残でしょうね。余談ですが、浅草海苔の製造方法は、浅草紙の紙漉き法から考え出されたという説もあるようです」と望月印刷の田中一博さん。なるほど、そうした歴史があって、製紙業関連の会社がこのエリアに根付いたのですね。海苔と和紙にはそのような共通点があるというのも、言われてみれば確かに納得です。
こうして紙漉きから始まった望月印刷ですが、やがて封筒を作る製袋業を担うようになります。最初は無地の封筒を作っていましたが、やがて封筒に社名や住所などを印字することが求められるようになり、印刷業にも参入することとなりました。
「戦後、軍が使っていた印刷機を譲り受けて、印刷するようになったのが始まりだと聞いています」(田中さん)
高度経済成長期に突入すると、印刷の需要も一気に拡大し、印刷会社は引く手数多に。望月印刷も例外ではなく、大手銀行や保険会社、証券会社を中心に着実に顧客を増やしていき、総合印刷会社としての地位を確立しました。
「私が入社した当初はまだ版下、写植でやっていた時代。とにかく忙しく、夜中まで仕事するのも当たり前で、よく会社に寝泊まりしていました。一番大変だったのは、生命保険会社の『ご契約のしおり』の更新でしたね。年に1回、年度末の料金改定にともなって資料を作り直すのですが、1カ月半くらいの間に数十万部を刷り直さないといけないので、本当に寝る暇もないという状況。平日はずっと会社に泊まり込んで、週末にいったん帰宅して、翌週また泊まり込む、というのが1カ月半くらい続いたこともありました」(田中さん)
たいていのことはデータで処理できる現代とは違い、昔はほとんどが手作業ですから、その労力たるや想像を超えるものがあったことでしょう……。貴重なお話を聞かせていただきました。
社内一貫生産を可能とする対応力も強み
昭和から平成、そして令和へと時代が流れるなか、印刷業界も大きく変貌を遂げてきました。そうした時代ごとのニーズに対応するため、設備を刷新することはもちろん、技術を磨き、万全の体制を整える。そうした企業努力と進化し続ける姿勢により、常に良質な印刷物を提供してきたからこそ、望月印刷はこれだけの長い歴史を刻むことができているのでしょう。
また、望月印刷では“印刷”というものをより広い視野で捉え、守備範囲を広げるための取り組みの1つとして、1981年に撮影スタジオ「スタジオエビス」を設立しました。恵比寿駅から徒歩1分というアクセス抜群の都市型スタジオで、さまざまな商品やモデルのスチール撮影に幅広く対応。さらに、デジタル撮影のサポート、プロの撮影チームによる360VR撮影、最先端の画像処理が行える「デジタルラボ」といった体制も整えています。
「近年は動画のニーズが増えてきたこともあって、会社案内のパンフレットとリクルート用の動画を同時に受注することもありますね」(田中さん)
このように、社内一貫生産を可能とする対応力の幅広さも、望月印刷の大きな強みといえるでしょう。
モノマチ関連の印刷はスリリング……!?
望月印刷といえば、モノマチでもすっかりおなじみの企業の1つ。これまでにも、ペーパークラフトや、印刷工程で余ってしまった紙(残紙)の詰め合わせの配布、他店とコラボしてオリジナルのスタンプ帳ホルダーを作る「ハンドメイドパーツリレー」など、ユニークな企画やワークショップを開催してきました。
また、モノマチで街歩きをする際の必須アイテムであるマップのほか、ガイドブック、ポスター、チラシ類などの印刷も望月印刷が一手に引き受けています。
「モノマチ関連の印刷は、けっこうおもしろいですね。ちょっとした冒険もあるし。たとえば、みんなでつくるモノマチをコンセプトにした第8回目の『はち モノマチ』のときは、つなぐ道具である縄をモチーフにした『八』をパスポートに箔押ししたのですが、普通はあのような箔押しのしかたなんてまずしないので。しかも、紙質も表面がちょっとザラッとした和紙っぽい感じのものだったので、箔がはがれやすいんですよ。あのときは、箔押しの田中さん(田中箔押所)は相当大変だったんじゃないかな」(田中さん)
モノマチリピーターの方々のなかには、歴代のパスポートをコレクションしている方も多いと思いますが、そうした裏話を伺うと、パスポートにもより一層、愛着が湧いてくるのではないでしょうか。
「モノマチがきっかけで新たな仕事のご縁をいただいたことも数多くあり、とてもありがたいなと思っています。あと、個人的にも友だちが増えましたね。ある程度の年齢になるとなかなか新しい友だちをつくるのは難しいですが、モノマチのおかげで、仕事抜きでも遊びに行ける仲間がけっこうできたのはうれしいですね。コロナ禍で丸3年ほどそういう交流の場をもつことができませんでしたが、このまま落ち着いてくれたら、ぜひまた復活させたいなと思っています」(田中さん)
イラストを通して下町の魅力を発信
また、望月印刷では、印刷業界が中心となって地域および観光振興を目指す「マーチング委員会」にも参加しています。マーチング委員会は、各地の街並みを水彩画で描き、さまざまなツールを通してその街の魅力を発信していこうという全国組織の団体で、望月印刷は「台東マーチング委員会」として参加。台東区内の風景を描いたイラストを使ったポストカードやレターセット、アートフレーム、Tシャツ、マグカップなどのグッズを販売したり、イラストの無料貸し出しをしたりして、地元の魅力を発信しています。
モノマチにとっても、もはや欠かせない存在となっている望月印刷。次回のモノマチでは、どんなパスポートやマップにお目にかかれるのか、今からとっても楽しみです。
望月印刷
東京都台東区浅草橋5-7-10
TEL:03-3851-9281(代表)
URL: https://www.ebis.co.jp/mochizuki/
Photo by Hanae Miura
Text by Miki Matsui