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がん患者向けの帽子を作ろう!老舗帽子メーカーの4代目がつづる運命的な帽子開発ストーリー

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サトー帽子 代表取締役 佐藤麻季子さん

日本の帽子業界を消滅させたくない

「うちの会社はただ帽子を作っているだけではないんです。お客様に見ていただきたいのは私たちの取り組みそのもの。どんな挑戦をしているのか、その姿勢に共感してくれる人を増やしていきたいと思っています」

4代目の佐藤麻季子さん。事業継承してから現在までの波乱の道のりを明るく語ってくれました。

帽子メーカーではあるけれど、帽子づくりにかける意思や思い、その背景に横たわるストーリーを発信し、応援してくれるファンを作っていきたい。明るくこう話すのは、1912年創業のサトー帽子の4代目、佐藤麻季子さんです。

かつては浅草橋にはたくさんあった帽子製造業。その火を消したくないと佐藤さんは事業継承を決意しました。

同社に2013年に入社し、2014年に社長の座に就いてから現在に至るまでの佐藤さんの道のりはまさに「劇的」「運命的」というほかありません。その軌跡は多くの人に伝えたくなるストーリーに満ちています。

時計の針を20年ほど前に戻し、運命の女神に導かれるように前進してきた佐藤さんの歩みをたどってみましょう。

3姉妹の末っ子として生まれた佐藤さんは家業を継ぐことへの憧れはあったものの、大学卒業後は大手企業に就職。アパレルとも帽子ともまったく接点のない世界でキャリアを磨いていました。

この頃、同社の経営状況は芳しくなかったといいます。帽子の消費の落ち込み、職人の高齢化、生産能力の低下。さらに2011年に東日本大震災が発生し、同社の福島県飯館工場は避難区域に指定され、閉鎖を余儀なくされました。

取引先も減り、業績が悪化する中、佐藤さんは家業を継ぐことを決意します。浅草橋にはかつてたくさんの帽子メーカーが事業を営んでいましたが、いまや数軒ある程度。このままでは日本の帽子は消滅してしまう。それだけは避けなければ。そんな思いからの事業継承でした。

壁に掛けられている型紙の数々。帽子のサトーの長い歴史を物語ります。

コロナ休業中にがん患者向けの帽子開発を決意

前職で培ってきた営業力を駆使し、佐藤さんは次々に新しい帽子を顧客に提案し、販路を拡大していきました。例えば、ラフィア椰子の葉を加工した天然素材の帽子です。

「中国で素材を見つけ、サンプルを作ってお客様に提案しました。中国だけではなくタイにも父が開拓していたルートがあります。それらをうまく活用できた形ですね。この業界では新規参入がほぼないため、新しいモノが生まれにくい。だからこそ逆にやりかた次第でチャンスをつかむことができると思うんです」

受注は順調に増えていきましたが、問題は生産能力にありました。作れる数に限界があったのです。中国やタイには同社の協力工場もあるものの、受注には追いつきません。2017年、佐藤さんは閉鎖していた飯館工場の撤退を決め、工場にあったミシンや道具類を本社に持ち込みました。

「工場で使っていたミシンなどの機械や道具類は風評被害で、売ろうにも買い手が見つかりませんでした。だったらと、本社に新たに縫製部門を設けて職人も雇いました」

写真は帽子の精密な型を切り抜いていくマシン。自社ビルに工房を設け、機械類を設置しています。

2019年にはさらなる転機が訪れます。かねてから一部生産を委託していた和歌山の工場が廃業することを知らされた佐藤さんはすぐに事業譲渡を申し出ます。先方からも快諾を得て、安定した生産基盤を確保。これでなんとかやっていける。そう思う間もなく世界中が大きな災禍に見舞われました。新型コロナウイルス感染症の感染拡大です。

製造した帽子を納入できず、在庫として抱えたまま休業。自社だけではいかんともしがたい状況の中、佐藤さんは自社の強みや弱みについて改めて考えました。技術はある、生産機能もある。それを何か新しい商品に活用できないだろうか。思いついたのががん患者向けの帽子です。

「弊社ではがん患者の方が脱毛し始める時にかぶるニット帽子のOEMを手掛けていますが、もっと良いものができるのではないかとパタンナーをつとめる母と話したことがあります。そのまま実現できずにいましたが、やるのであれば『いましかない』と思い、2022年の元旦に従業員の前で『がん患者さん向けのおしゃれな帽子を作ります』と宣言しました」

脱がなくていい帽子を作りたい

しかしその約1ヶ月後。なかなか治らない口内炎の切除手術を受けた佐藤さんは予期せぬ宣告を受けました。組織検査の結果、舌がんであることがわかったのです。

「がん患者向けの帽子を企画していた自分がまさに当事者になるなんて、ショックというかなんというか、見ている世界がいきなり変わった気がしました。手術の後は食べられないし、しゃべれない。でも病気のことはお客様には一切伝えないまま仕事を続けました」

佐藤さんは入院前に事業再構築補助金(中小企業の新分野展開や事業転換、業種転換、業態転換など思い切った事業再構築事業を支援するための補助金)のリサーチを重ね、入院中に申請を行い、2022年秋には交付が実現しました。時間を一刻たりとも無駄にせず、足を止めずに立ち上げた医療用帽子ブランドの名称は「CHANVRE MAKI(シャンヴルマキ)」。CHANVREとは フランス語で「麻」の意味。佐藤さんの下の名前に由来するネーミングです。しなやかで強く丈夫な麻のように力強く生きて欲しいという切なる思いが込められています。

麻のようにしなやかに強く–。オリジナルブランドの名称には佐藤さんの強い思いが込められています。

「がん患者向けの帽子って、入院してかぶるタイプはあっても普段使いできるものはないんですね。毎日使えるし、冠婚葬祭などフォーマルなシーンにも使える。そんな帽子を目指しました」

裏地にはセラミドを加工した生地を使用し、頭を優しく包みこむデザインを実現しました。肌色を明るく演出するカラーリングも特徴です。

軽量で、リボンを効果的に使った頭を包み込むようなデザイン、日本人の肌にマッチし、肌色を明るく見せてくれるカラーリング。佐藤さんのこだわりは随所に発揮されています。生地も佐藤さんならではのセレクトといえるでしょう。使っているのは、セラミド加工を施した日本製の綿100%の生地です。

リボンが効果的にアレンジされています。フェミニンなテイストはシャンヴル・マキの大きな魅力。

「肌触りが良い生地というとシルクがありますが、汗を吸わないので帽子には向かないんですね。生地屋さんにお願いして、私が求めている質感と機能を備えた生地を探してもらいました。見つかったのが肌の保湿と皮膚バリア機能を維持する働きがあるセラミドを加工した生地。これを肌に直接当たる帽子の裏地に使用しました」

クラウドファンディングを機にNHKで紹介

完成した「CHANVRE MAKI」の帽子をどのように売っていくべきか。佐藤さんは2つの方法で販路開拓に挑みました。一つはサブスクリプション。毎月1点、「CHANVRE MAKI」の帽子が届く定額サービスです。もう一つはオンラインフィッティング。3D技術を使って、サイト上に帽子をかぶった自分の姿が写しださされる機能を取り入れました。

コットンパールを使って華やぎをプラス。室内でも周囲を気にせずに気軽に利用できます。

「脱毛している姿を誰にも見られたくないけれど、実際にかぶった姿をイメージしたい。そんながん患者さんたちの切実な声に応えてオンラインでフィッティングできるようにしました」

「CHANVRE MAKI」の発売にあたっては2023年7月にクラウドファンディングも活用しました。利用したプラットフォームは社会貢献性が高い事業が多いready for。クラファンの目的はマーケティングではありません。同社の取り組みを広く知ってもらうための選択です。

ready forでの資金調達は期待以上の効果をもたらしました。

「NHKの方の目にとまったらしく、出演のオファーがあったんです。8月にNHK総合の『首都圏ネットワーク』で放送された後、『おはよう日本』でも再放送され、問い合わせが殺到しました」

NHKの影響力は軍を抜いています。実現させたくてもそうそうに叶うわけではありません。それが現実になったのは佐藤さんのぶれない選択の賜物でしょう。運命といってもいいかもしれません。

シャンヴル・マキのカタログ。ナチュラルな風合い、手洗い可能な機能性とデザイン性を兼ね備えた商品が紹介されています。

帽子業界の枠組みにとどまらず挑戦を続ける

帽子を注文し、実際にかぶってみたというお客様から寄せられた声は佐藤さんの予想を超えていました。

こういう帽子がほしかった、快適に使える、デザイン性が高くてうれしい。生きる勇気をもらった。この帽子が届いてからがんと闘っている母が外に出るようになった。あまりにうれしかったのでぜひ伝えたかったーー。がん患者の方にエールを送りたいという佐藤さんの思いはしっかりと実ったのです。

贈り物としての利用も多いシャンヴル・マキ。パッケージも優しさに満ちています。

がんの経過観察を続けて約2年。後遺症で「ら行」の発音がしづらいという佐藤さんですが、いまも挑戦の手を緩めてはいません。

「今年の夏に向けて暑くても快適に過ごせて洗える、猛暑対応の帽子も出します。人工毛と人毛を合わせた髪の毛付きの帽子も出す予定です。本当にたまたまだったんですが、弊社の近くにウィッグの会社があったんですよ。いま企画を練っている最中です」

モノマチとの接点についてもお尋ねしました。

「コロナの前からモノマチの時期には鳥越おかず横丁を訪れる人が増えるなと思ってずっと注目していたんですよ。2023年は休業中でしたが、とりあえず参加して帽子を売ってみたらすごく楽しくて、お客様の生の声をたくさん聞くことができました。複数買いしてくださる方も多いですね。ファッションや頭の形などを踏まえてアドバイスさせてもらいました。2024年も他の参加店とコラボをして、オリジナルの帽子を作れるワークショップを開きたいと考えています」

本社ビル1Fはショールーム(ふだんは非公開)。帽子のサトーの力量やシャンヴル・マキの魅力が一目でわかるディスプレイです。

アジアへの輸出も準備が進んでいます。帽子マーケットは縮小傾向が続いていますが、佐藤さんのフットワークは軽く、そして力強い。帽子業界という枠組みにとどまらず、サトー帽子が次はどんな取り組みを見せてくれるのか、楽しみでなりません。

帽子のサトー
東京都台東区浅草橋5-1-25
TEL : 03-3851-8136
URL : https://satoo-hat.com/

Photo by Hanae Miura
Text by FUKIKO MITAMURA

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