父娘がそれぞれにチャレンジし、実現させた夢のカタチ

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松下製作所/東京おかし研究所

松下雄一郎さん・多恵子さん・知華子さん

挑戦し続ける姿勢が幅広い受注を可能に

松下製作所は、戦前に創業した80年以上の歴史をもつ会社です。しかし、同社の製品を一般の方が目にする機会はほぼないでしょう。それもそのはず、同社は工場などで使われる機械の精密部品を専門で製作している会社だからです。

「我々がやっているのは、金属挽物と呼ばれる仕事です。旋盤と呼ばれる工作機械を使って金属の棒材を回転させ、そこに刃物を当ててさまざまな形に加工し、ネジや金具、ピンなどの部品をつくっています」と3代目の松下雄一郎さんが教えてくれました。

昭和10年代に創業した当初は、ろくろで挽物加工をしていて、バッグの留め具やちょっとした小物などが中心だったとのこと。その後、時代の変遷とともに取引先も変わり、現在は産業機械の部品がメインとなっています。また、機械の性能が向上したことで、部品にもより高い精度が求められるようになったことから、同社でもさらなる機械化を進めることに。その結果、小島1丁目にある元の工場では手狭になったため、2019年に千葉県市川市に工場を移転しました。

千葉県市川市の工場には大型の機械がいくつも設置されています

ひと口に機械の部品といっても、大きさや形状、さらには材質の違いまで入れるとその種類は無限にあります。そのため、大型部品が得意なところもあれば、小型部品を得意とするところもあり、特定の材質に特化して加工を請け負っている工場もあります。そうしたなかで、松下製作所では、直径3㎜程度の小型部品から直径280㎜程度の大型部品までの加工が可能。さらに、真鍮、アルミ、炭素鋼、ステンレス、チタン、銀、銅、樹脂等、さまざまな材質の加工にも対応しています。なぜ、これほど幅広い仕事を受けることができるのでしょうか。

「うちはなんでもやりますよ、っていうスタンスで、あんまり断らないで受けてきた結果かな?(笑) 当然、サイズをできるだけ絞ったり、素材を限定したりする方が楽なんですが、そうすると受けられる仕事も限られてしまうんですよね。なので、可能な限りは受けるようにしています」(雄一郎さん)

確かに、同社のホームページを見てみると、

『挑戦する姿勢 初めての仕事も全力でトライする 失敗をおそれない』

と明言されています。そんなモノづくりにかける熱い想いとチャレンジ精神が、松下製作所の強みを生み出しているのでしょう。

金属や樹脂などを切削加工する工具・エンドミル。太さや刃の枚数、コーティングの違いなどによってさまざまな種類があり、エンドミルだけで300本ほどあるそうです

人気文具店からのオーダーで誕生した金属製のペン先

未知の世界にも全力で挑戦し続ける──そんな松下製作所のスタンスは、新たな仕事も引き寄せてきました。その1つが、三筋に店舗を構える人気文具店「カキモリ」からのオーダーで製作した金属製のペン先です。

インクをペン先につけて書くつけペンは、一定以上の年代の方にとってはどこか懐かしく、逆に若い方にとっては新鮮に映ったこともあり、ある時からガラスペンがちょっとしたブームになりました。しかし、ガラスペンはどちらかというと工芸品的な要素が強いうえに、量産が難しく、なによりも壊れやすいのが弱点です。そこで、「もっと手軽に使えて丈夫なペン先を」と発案されたのが、金属製のペン先でした。

「ガラスペンは、溝の入ったガラス棒を熱で溶かしながらねじっていくことで、先端に向かって自然に細くなっていきます。でも、金属の棒材は直線なので、工具の角度やどの部分を使うかによって、溝の幅や深さを調整しなければなりません。ペン先をつくるのは私にとっても初めての経験でしたが、これまでに受けてきたさまざまな仕事同様、金属だしなんとかなるのでは、という気持ちでトライしてみたところ、無事に完成しました」(雄一郎さん)

ステンレス製のペン先。ペン先を立てて細い線や文字を書くだけでなく、角度を傾ければ面で色を塗ることもできるので、絵を描く方にもおすすめです

こちらのペン先の基本設計は、蔵前に拠点を構える「ALLOY」のデザイナー・山崎勇人さんが手掛け、細部の調整については雄一郎さんの意見も採用。そうしてできあがったペン先は、金属とは思えないほどなめらかな書き心地が好評です。ちなみに、錆びづらくて丈夫なステンレス製、経年変化を楽しめる真鍮製、エイジング加工をしたアンティークの3種類あるので、気になる方はカキモリのHPをチェックしてみてくださいね。

職人同士がタッグを組んで生まれたアウトドアガレージブランド

こうして常に真摯な姿勢でモノづくりに取り組んできた雄一郎さんですが、コロナ禍で時間ができたことをきっかけに、新たなチャレンジが始まりました。それがオリジナル商品としての“ランタン”の開発です。

「BtoBの仕事というのは、もらった図面に従ってそれを作るという、いわばファクトリーなんですよね。そういう仕事をずっとやってきたなかで、もっと自主的なモノづくりがしたい、つくったものを見てもらいたい、使ってもらいたい、という気持ちが強くなったこともランタンをつくろうと思った動機です」(雄一郎さん)

元々バイクでキャンプに行くことが趣味だった雄一郎さんは、バイクに積める小型のランタンがあまりないことに着目。そこで、自身が求めるランタンを自分の手でつくってみよう、と思い立ちました。

しかし、金属加工の経験と実績はあるものの、商品開発に関してはまったくの素人だったため、最初は失敗の連続でした。それでもけっして諦めず、モノづくりに賭ける熱い思いで試作を重ねた結果、機能性とデザイン性を兼ね備えた理想的なランタンが見事に完成。雄一郎さんはその商品を「下町ランタン」と名付けました。

何度も施策を重ね、ようやく完成した「下町ランタン」。頑丈で風にも強く、適度に重量があるため倒れにくいというアウトドアに適した仕様で、コンパクトに収納することが可能。真鍮無垢材を使用しているので、エイジングも楽しめます

接合はすべてネジ止めなので、すべてのパーツを分解することができ、お手入れが楽なのもうれしいポイント

そして、雄一郎さんがランタンの開発をしていたのと同時期に、同じような取り組みをしている人物が身近にいました。それが革製品メーカー「増田」(台東区三筋)の増田信秀さんです。両社は業界こそ違うものの、いずれも創業80年を超える老舗企業であること、また、業界の黒子に徹した下請け業者であることなど、多くの共通点がありました。さらに、それぞれが自社の強みを活かしたオリジナルアイテムの製作にチャレンジしていたことから意気投合し、タッグを組むことに。そうして誕生したのが、アウトドアガレージブランド「DownTownGear」です。

「DownTownGearのモノづくりの根底にあるのは、自分たちが欲しいものであること。目に見えない部分まで徹底して作り込み、納得がいくまで品質を追求することで、100年使える道具を目指しています」と雄一郎さんは話します。

増田さんが製作した「下町レザーチェア」は、アウトドアでも頼れる堅牢さがありながら、包み込まれるような快適な座り心地も魅力。高級感のあるレザーの座面が美しく、インテリアユースとしても愛用したくなる逸品です。

さらに、雄一郎さんと増田さんがコラボした「蚊取り線香ホルダー」にも注目! 真鍮とレザーの組み合わせが実にカッコよく、周りのキャンパーからも注目を集めること間違いないでしょう。

パッと見ただけでは蚊取り線香ホルダーには見えない、スタイリッシュなデザイン。テントやタープなど好きな場所に吊るしておくだけで、不快な虫を退治してくれます

ネジを外すだけで簡単に蚊取り線香をセットできます

「これまではアウトドアギアを中心に展開してきましたが、今後はもっと日常使いできるようなものもつくっていけたら、と思っています」と雄一郎さんは今後の展望を語ってくれました。

“好き”が高じて夢を叶えた小さなお菓子屋さん

ここまで松下製作所の本業である金属挽物と、新たな分野として展開している「DownTownGear」について紹介してきましたが、さらにもう1つ、ご紹介したいものがあります。それは、同社と同じ建物内に店を構えるスイーツショップ「東京おかし研究所」です。実は、こちらのお店で販売しているお菓子をつくっているのは、雄一郎さんの娘さんである高校3年生(取材時)の知華子さん。かねてからお菓子づくりが大好きで、「自分がつくったお菓子をもっといろいろな人に食べてもらいたい」という夢が叶い、2024年6月にお店をオープンしました。

店頭には可愛らしいのぼりがはためいています

焼き菓子を中心においしそうなお菓子がいっぱい♪

「お母さんがよく家でお菓子をつくっていたので、幼稚園のころからお手伝いをしていました。コロナ禍で学校が休みになったとき、プリンにすごくハマっていた時期があって、レシピを少しずつ変えてみたり、火の入れ方を工夫したり、といったことを毎日のようにやっていたら、どんどん楽しくなっていきました」(知華子さん)

そんな知華子さんがお菓子づくりでもっともこだわっているのは「甘さの加減」とのこと。筆者も知華子さんのお菓子をいただきましたが、いずれも素材の持ち味が生きていて、手づくりならではの優しい味わいが印象的でした。

福岡県の八女抹茶を贅沢に入れたフィナンシェやチョコチップクッキーなど、知華子さんが丁寧に手づくりしたお菓子が楽しめます

「娘のお菓子は私がつくるよりもずっとおいしいんです」と、お母さまの多恵子さんもその味に太鼓判を押します。実際、リピートして来店される方も多いとのことで、「東京おかし研究所」のファンは着実に増加中です。

左から雄一郎さん・知華子さん・多恵子さん。お話を聞いているだけで仲の良さが伝わってきます

学業にも励みながら、週3日の営業日に向けてお菓子づくりもこなしている知華子さんですが、将来はどんな夢を思い描いているのでしょうか。

「何かしら食品関係に携わる仕事がしたいので、食品メーカーの研究開発や、食品の安全性を確認する食品分析などの職業につけたら、と思っています。お菓子屋さんを副業で続けるかどうかは……まだわからないですね(笑)」

そんな知華子さんの言葉を受けて、雄一郎さんはこう続けます。

「今、働き方もいろいろですからね。僕自身も本業は本業でやりつつ、DownTownGearもやって、土曜日にはお菓子屋さんでコーヒーを淹れたり、っていう働き方をしているので。仕事を無理やり1本にしぼるのではなく、ダブルワーク、トリプルワークみたいな働き方ができるような世界になってほしいな、という気持ちもあります。この店は娘から“お菓子屋さんをやってみたい”と相談されたことがきっかけで始めたわけですが、今後も柔軟な発想で、このスペースを有効に活用していけたらと思っています」

父娘でそれぞれが前向きにチャレンジしながら、ひとつずつ夢を実現している松下さんご一家。今後のますますのご活躍が楽しみです。

松下製作所/東京おかし研究所
東京都台東区小島1-7-7
TEL : 03-3851-5528(松下製作所)/090-5554-2672(東京おかし研究所)
URL : https://matsushita-mfg.com/top.html

Photo by Hanae Miura
Text by Miki Matsui

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